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行き先は「森のイスキア」~後半~

「前半」から随分とあいてしまったけど

「後半」をようやく綴れる時がようやく今まさに

そんな気がするのは 青森から帰ってきてから

もうそれはまるで神様からのプレゼントのような

身の回りで起こる数々の出来事ひとつひとつが

繋がり始め私の頭の中で今まさに ひとつの「円(縁)」を描き始めたから

そして、もう1つ ずっとずっと練習していながら

中々思い通りに作れなかった

「白和え」がやっと納得の味に

やっと仕上がるようになってきたのと

毎日「美味しいごはんを炊く」ことに

一番の神経を使っている私にとって

最近毎日お米と会話できているかのように

美味しいご飯が炊けるようになってきたから

と、いうことでいよいよ後半。

御殿場へ帰るはずだったのに

青森の弘前行きのバスを待っている

自分をどこか俯瞰しながら

どうやら一時期は落ち着いていた あの癖がまた最近戻りつつことに

気づかされる

頭であれこれ深く考えることなく ただ想ったまま感じたままに行動してみる いわゆる感覚とか感性とか

それが行動基準

青森の弘前行へのバスに飛び乗り 席に座り一息ついたとき

ようやく、ふとこの旅の「目的」は 一体何なんだろうと ちょっと冷静になりながら考えてみる

「森のイスキア」向かうその理由

「何をしに今イスキアへ向かっているのだろう」

ぼーっとしながら考えてみるも ただ感じたまま想ったままに 移した行動のその目的なんて

もちろん頭で考えたところで でてくるはずもない

「行動」するには予め「目的」がある どこか行くため、何かするためには

そうするための目的があるというのは

大多数の人たちはそうであるという

単なる世間一般的な固定概念にすぎない

どうしてか大人になるにつれ 時間に追われるようになり

日々の生活の中に 能率と効率を求めるようになると

生活すべてに時間的余裕がなくなり

明確な目的なしに何かをすることは

どこか時間の無駄のように 思われてしまうのだろう 何かするのに予め「目的」を設定する 必要はどこにもない 何かやってみて初めて

そこへきて何かをしてみて

その「目的」に気づくことだってある

後から目的に気づかされることが

あったって別にそれはそれでいい

今ここで予め目的を決めてしまえば 本来の目的を見失ってしまう可能性だってある

やっぱり目的は決めないままでいい わからないままでいい

きっとそのほうがいい

「森のイスキア」へ辿り着いたらきっと

今自分がそこにいる意味や目的というものを

肌で感じ味わうことができる 焦らず、無理に求めず 分かるその時をただ待とう そう思うと、横浜から弘前まで

約12時間という長い長い道のりも

小学生の頃の遠足の前日のような

そんなワクワクした気持ちで過ごせた 「森のイスキア」には あの佐藤初女さんに会いたいという

多くの人たちが今でも全国各地から訪れ 予約を取るのには何ヶ月も待つという状況

何十年と心に病を抱える人たちを受け入れ

ただ話をきき、初女さんの作る「食」を 訪れてくる方々と共にするそんな場でありながら

そこを訪れた人たちが心が満し癒され 新たな人生を前向きに進んでいくという そんなエピソードが数多く残されている 約1年前、本の中で出逢った初女さん

初めてだけど

どこかとっても懐かしくて

何故かやっと逢えたと感じで

不思議なほど心が満たされ

涙がポロポロとこぼれ落ちてきた

本に綴られていた初女さんの言葉ひとつひとつが

あまりに心に響いてきて その時に抱えていた悩みの全てが消え去り

新たな人生への大きな一歩を

踏み出させてもらってから

今でも毎日、料理をするときも

どんな時も初女さんは日々私の心の中に

いてくれる大切な大切な存在のひとり

弘前に近づくにつれ

ワクワクという気持ちに加え

やっぱりどこか緊張感も覚えて

アポイントメントがなくても

行ってもいいものなのか、、

一般的な常識みたいなものが

現実として頭の中を駆け巡る そんな時頭によぎったひとつの言葉 いつか逢えたらという大きな夢が

まさかにもこんなにも早く叶い

今年3月に初女さんにお会いして

わが家のお米と梅干でおむすびを

作らせてもらった時

「是非、弘前であいましょう」と 言って頂いたあの一言

初女さんに会えるかどうかではなくて

あの時の私には「弘前にきても大丈夫」だと

そんなメッセージのように感じた

弘前についてすぐにまずは 御殿場で帰りを待ってくれている

わが家のまるちゃんに連絡を入れ

イスキアに向かっていることを伝える

想像はある程度できてはいたけど 「やっといけるんだね、本当によかったね」と まるで自分のことのように 心から喜んで応援してくれるまるちゃんには

やっぱり感謝の気持ちでいっぱいになった

そのまるちゃんの想いが 心の中の迷いや不安を希望に変えてくれた

何の情報もない私を心配して 急いで調べてくれ

イスキアの住所とイスキアまでの道のりを

伝えてくれながらも 調べたらわかるはずの電話番号を

伝えてこなかったのには 今回の旅の目的をもう既に

分かっていてくれたような気がした 駅の案内所へいき「森のイスキア」へ行きたいと

伝えるとバスの時間など色々と事細かにメモして

渡してくれる女性の方の優しさにも勇気をもらい ちょうど来ていたバスに飛び乗る 弘前からイスキアの最寄りのバス亭までは

バスで約1時間。バスは2時間に1本。

駅を離れるごとにバスの窓の外に広がる 綺麗な緑と森の中に心地がよくて

一時間の道のりはあっという間

最寄りのバス亭からイスキアまでは

歩いて約30分とだけ教えてもらい

バス亭からイスキアまでの地図はなく

「岩木山を背をに下っていく」という情報と

初女さんの映画の中に写っていた

情景を思い浮かべながら

あとは自分の感覚を頼りに歩き出す 岩木山の麓に漂う澄み切った

本当に清らかで穏やかな空気を

身体全体で丁寧に味わいながら

体中にどんどんとめぐらされていく その心地良さだけで

心の中がどんどんと満たされて

イスキアにたどり着けようと着けまいと

もうどうでもよくなってしまってきて

綺麗に咲き誇る草花や あまりに水の綺麗な沼に見とれながら

散歩気分でゆっくりと歩き回る

初めて訪れる地なのに 不思議なほどの懐かしさを感じながら

ひたすら歩くことを30分 右手に見えてきた「大山神」という

ただならぬ雰囲気漂う小さな小さな神社で 胸に手を合わせ顔を上げると

聞こえてきた鳥のさえずり

声が聞こえてくるその先をみると

そこには「森のイスキア」の文字 夢にまでみたあの「森のイスキア」が 今私の目の前に

夢みたいだけど夢じゃない現実を

そう簡単に受け入れられず

しばらくその場を動けなかった

もう一度聞こえてきた 鳥のさえずりの声で

ふと我に返ると思わず走って イスキアに駆け寄った 胸にどんどんと溢れてくる想い

泉のように湧き出る涙と

満たされる心と感じる喜び

イスキアの目の前に立ち 手を合わせ一礼をした時 心の奥深くから思わず湧きでてきた

「ただいま」という言葉

どうして「ただいま」だったのか その意味は今でもまだ私にも分からないけど 今ここにこれたことは

本当に意味のあることだったのだと

そう深く感じながら

イスキアの前のベンチに一人座り

静かに穏やかに佇むイスキアの

その温もりを贅沢にも独り占めしながら

時が経つのを忘れるくらい

しばらくの間ずっとずっと感じ味わっていた どの位時間がたったのか

はっきりとは分からない しばらくたってベンチを立ち上がる

もう十分だった

もう十分すぎるほど満たされていた

どうして今ここへ来たのかも

もうはっきりわかっていた

この中に誰かいたのかどうかは

わからないままでよかった

イスキアの周りを何周かくるくると周り

憧れのブランコに座らせてもらい 今の私が感じる全ての想いをノートに綴った

こんな想いを味あわせてもらったわずかなお礼にと

その時たまたま持っていたわが家の新茶を イスキアの玄関のドアノブにかけようと階段を上ると

そこには季節はずれにも 割られて中身が取り出された

「くるみ」の殻がふたつだけ転がっていた

もし夢がまた叶うなら いつか初女さんとくるみを取りに行って

ひとつひとつを丁寧に割ってそのくるみで

あの「人参の白和え」を一緒に作りたい これは密かにずっと私が想い続けている願い 「神様」という表現しか 私にはできないけど

神様がその想いを受け止め

温かく見守ってくれている

そうとしか思えなかった その2つのくるみの殻を 手に取り握り締め

その場で思いっきり号泣した

もうなんの悔いもなく

ただただ満たされる今のこの心に 満足しながら

帰りのバスの時間に間に合うように

弘前駅への戻る 横浜まで迎えにきてくれたまるちゃんの

笑顔がいつにも増して輝いて見えたのも

久しぶりに御殿場につき

「自豊暮」というわが家に感じた

あまりの心地よさも

きっと心が満たされているから いつもこんな心でいたい

たぶんもうきっとそういられる

イスキアから持ち帰えらせてもらった

あの2つのくるみの殻を

ここで毎日みる度に

あの時あの場で感じた 心地良さと溢れる感謝の想いが

あの時のままに今も蘇ってきて

心の中を満たしてくれるから 「前半」を書き終えてから

「初女さんには会えたの」と聞かれることがあって

答えは勿論どう考えたってNOなんだけど 私とってはどうしてもやっぱりYESで

あの時イスキアという場所で 一方的だったかもしれないけど 心の中で確かにやりとりした会話は

今もこうして響き続けて 日々の笑顔や幸せに繋がっている

この経験を通じて

私が感じさせてもらったことたちを

ここでの日々にまたひとつひとつ丁寧に

活かしていきたいと思う 納得する味に仕上がりつつある「白和え」も イスキアで出逢った「くるみ」のお蔭かもしれない

今、イスキアに行けて本当によかった やっぱり、只々感謝 心からありがとう


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